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名古屋高等裁判所 昭和47年(う)142号 判決 1973年1月30日

被告人 加藤竹雄

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人深井正男作成名義の昭和四七年四月二〇日付控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

本件控訴趣意の要旨は、(一)原判示第一の点はついて、被告人が原判示債権取立を依頼されたのは佐藤宗太郎からではなく水野秀順からである。即ち右佐藤は山田秀巌に対し金八〇万円の貸金債権を有していたが、秀巌が死亡した後右の債権を同人の内縁の妻秀順に債権譲渡したものであり、従つて被告人は右貸金債権を譲り受けた秀順から秀巌の相続人に対する取立方を依頼され示談解決に尽力したものであり、又被告人と秀順は信仰上の交際のみならず信仰を離れても親子の如き間柄にあつたものであるから、仮に右示談解決の結果同人より金三万円を受領した事実があるにせよ、被告人としては当初から報酬を得る目的をもつて法律事務を取り扱つたものではない。(二)原判示第二の点について、被告人はかねてより特に親交のあつた田林トメから同人の親戚である加藤一男の加藤篤に対する手形債権回収方について相談を受けたので加藤義則弁護士に右の件を依頼してやつたところ、同弁護士事務所に勤務する福永滋弁護士が相手方との示談交渉の衝に当りその結果名古屋弁護士会館で和解が成立するに至つたもので、被告人は右和解には何ら関与しておらず、ただ右和解が成立した後福永弁護士が所用のため中座したので、右和解書の末尾に被告人が加藤一男の代理人として署名捺印したに過ぎない。右の程度ではいわゆる法律事務を取り扱つたことには該当せず、むしろ法律事務の周旋をなしたとみるべきである。(三)原判示第三の点について、被告人と高阪きくは同じ密厳寺の信者として親交深い関係にあつたところ、被告人は同女から山根竜三との示談交渉を依頼され、右示談成立に一臂の労を貸し保険金請求に必要な手続をしたものであるから、被告人は法にいわゆる法律事務を取り扱つたものとみられてもやむをえないし、その結果謝礼として二回に亘り各金三万円宛を受取つたことは被告人も認めるところであるが、被告人としては後日高阪きくの養女の祝言がある機会に右金員を全部返還する考えでいたものであり、少くとも示談交渉に関係する当初から被告人には報酬を得る目的はなかつたこと疑いを容れる余地はない。(四)原判示第四の点について、日本道路公団において買収する用地の価格及び登記簿面上の所有名義人に支給するいわゆる判代の額等は一切地元地主等及び公団の協議決定したものに当初から従う方針であり、事実これに従つたものであつて被告人において右買収価格や判代につき公団又は登記名義人らと折衝したことはなく、被告人は内海新市の代理人として買収代金の受領及び判代の支払いに関係したのみで、その内容は書類の単なる機械的な取次ぎに過ぎず、もとより事柄の性質上何ら法律的知識を前提とする必要はなく、高度の判断作用と複雑な手続を要するものでもなく、従つて法律事務を取り扱つたというに当らないし、又被告人は内海新市から金一〇万円を受領しているが、これは被告人が内海家及び内海新市の妻の実家板津家の雑事を世話しておつた等の関係上たまたま公団から土地代金が多額に入つたのを機会に内海新市より従来色々世話になつた被告人の好意に対する謝礼として金一〇万円が交付されたものであり、もとより被告人は当初から報酬を得る目的をもつて公団に対する事務を処理したものではない。(五)報酬目的の認定について、原判決は被告人が、原判示第一の関係で佐藤宗太郎から計金一〇万五、〇〇〇円、同第二の関係で田林トメから計金一万五、〇〇〇円、同第三の関係で高阪きくから計金一〇万円、同第四の関係で内海新市から金一〇万円を各受領したと認定するが、本件は、いずれも被告人が日頃特に眤懇の間柄の者から事件の解決を頼まれ、これを処理したものであり、従つてその謝礼として右の程度の金員を被告人が受領したとしても、これをもつて弁護士法七二条にいわゆる報酬を受領したものと認定するのは社会通念に反するものというべきである。(六)業務性について、原判決は本件以外の犯罪を構成すべき事実を唯単に捜査官の作成した調書中に記載することのみをもつて確定し、これを本件業務性の認定の資料としている点不当であり、本件第一ないし第四の事実関係を上記主張の如く認定すれば、被告人の行為が弁護士法七二条にいわゆる「業」にあたらざること明らかである。以上要するに、本件における被告人の行為は、最高裁判所の差戻判決に明示せられる社会生活上当然の相互扶助的協力と目すべき行為であつて、弁護士法所定の取締の対象となるものではなく、しかして本件につき被告人は無罪というべきところ、有罪を言渡した原判決には以上の如き判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある、というのである。

所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌したうえ、右指摘の順序に従い事実誤認の有無につき順次検討を加える。

一、所論(一)について

関係証拠を綜合すれば、被告人が貸金取立の依頼を受けたのは佐藤宗太郎からであると認められ、所論のいう水野秀順からとは認められない。即ち佐藤宗太郎は大師寺住職山田秀巌に対し金八〇万円の貸金債権を有していたところ、昭和二九年四月一三日秀巌が死亡し、同人の内縁の妻水野秀順が住職となつたので同人が右債務を承継したものと考え、同人に対し右貸金の返済を請求をしたが、秀順は無資力で支払能力なきため容易に弁済が受けられず、又秀巌の唯一の遺産であつた岐阜市大久和町所在の不動産も金になりそうもないところから、右債権の回収を断念し、寺の御影堂の修理費用に寄付するとの名目で秀巌から差し入れていた借用金証書を秀順に交付したこと、被告人は大師寺に出入りするうち秀順と親しくなり、同人のため秀巌名義の右不動産を名義変更すべく名古屋家庭裁判所へ申立の手続をしたところ、意外にも秀巌の甥の岩田孝一、照、雄ら十数名の相続人が現われ、同人らは右不動産の秀順への名義変更を承認しなかつたので被告人は前記借用金証書が秀順の手元にあるのを利用してこの貸金を取立て相続の実質的利益を秀順にもあずからしめようと考え、右相続人岩田孝一らに対し借用金証書を示してその債務を承認させ、右不動産を売却して弁済する旨約束せしめ、他方佐藤宗太郎に対し右の趣旨を話し、右貸金を取立てた暁は現金で大師寺に寄付して貰いたい、右取立については被告人に委任してほしい旨頼んだため佐藤はこれを承諾し、昭和三八年一一月四日正式に被告人に対し右債権の取立を依頼し、これが解決の一切の権限を与える旨の委任状を被告人に送付したこと、かくして右委任に基き被告人は佐藤宗太郎の代理人とした岩田孝一らとの間で交渉し昭和三九年三月一二日示談を取りまとめ自ら佐藤宗太郎の代理人であることを明記した示談解決書を作成するに至つたこと、そして同月一四日被告人は秀順と共に佐藤宗太郎方を訪れ右示談解決書を示して和解の結果を報告し、同人はこれを承認して取立てた現金七〇万円は大師寺の御影堂にあらためて寄付するとの名目で秀順に贈与したこと、その際佐藤は被告人の右取立の功績に対する謝礼として右金七〇万円の一割五分(金一〇万五、〇〇〇円)を被告人に渡すよう指示したような各事実が認められる。

而して、右の認定事実によれば、佐藤宗太郎が秀順に対し借用金証書を交付したのは、明らかに債務の承継人を同人と誤信し、同人に対し債権を放棄する意思を表示したものにほかならず、これが債権譲渡の意思によるものとは到底認め難い。然しながら、右の意思表示は法律上真の債務者でない者に対してなしたことになるからその効力を生ずるによしないものとしなければならず、従つて右の意思表示の後においても右債権は債権者佐藤宗太郎と債務者(相続人)間で有効に存続しているというべきであり、そうだとすれば、佐藤が被告人に右取立を依頼したと認定することに何ら矛盾、不合理な点は存しない。よつて被告人が秀順から右債権の取立の依頼を受けたとの所論の点は理由がない。次に右の事実に関し被告人に報酬目的が存したか否かにつき考えてみるに、関係証拠によれば、被告人は、前記佐藤の指示により和解金七〇万円の一割五分に当る金一〇万五、〇〇〇円を現実に受領していることが認められるところ、右算出の根拠、金額に照し明らかに法律事務処理に対する報酬が含まれていると解されること、佐藤の前記謝礼金の指示があるや、被告人は直ちに示談解決書の末尾に佐藤の指示として「内一割五分は代理人の経費に提供する」旨記載しその全額を躊躇なく受領していることなどからみて被告人に報酬目的が存したことは容易に認定できるというべきである。被告人と秀順が親密な間柄にあつたとはいえ、未だ右報酬目的を否定すべき事情とはなし難い。従つてこの点の所論も理由がない。

二、所論(二)について

関係証拠によれば、被告人は田林トメから同人の親戚である加藤一男の加藤篤に対する手形債権金一一万円の取立を依頼され、昭和三九年三月上旬頃二回に亘り債権者加藤一男の代理人として右加藤篤と面会し、手形金の支払を請求して折衝し、同月一二日頃被告人の勤務する検察審査会事務局長室において一応四回の分割払として合意の成立をみたので、同日名古屋弁護士会館応接室に至り、加藤義則弁護士に対し示談書の作成方を依頼したところ、同弁護士事務所所属の福永滋弁護士が右示談の結果を覚書として作成した経緯が認められるが、同弁護士には委任状も渡していない点形式上未だ事件依頼をなしたと認められず、又実際に同弁護士が代理人となつて更に債務者と折衝するなどして右示談の実質的内容を決定したものではなく、(ただ右覚書作成の段階で四回の分割払が五回と修正された形跡はあるが、これとても同弁護士の実質的な介入により決定されたものとは認め難い。)従つて、同弁護士は被告人が取りまとめた示談結果を単に覚書として書面にしたためることを好意的に引受けたに過ぎないものとみるべきであり、そのことは同弁護士が右覚書に署名もしておらないのに対し被告人が加藤一男の代理人として署名捺印していること、更にその後右覚書に基き三回に亘り各金二万五、〇〇〇円の弁済金を加藤篤から受領し、同人に対し加藤一男の代理人として領収書を発行し、その後加藤篤が残金の支払を怠るや同人に対し内容証明郵便で違約金の支払催告をしていること、及び被告人は後記の如く報酬と目すべき金員を受領しているが、右加藤、福永両弁護士に対して右事件に関し何ら報酬が支払われていないことなどの事実に照せば一層明らかというべきである。従つて福永弁護士の前記関与は被告人が示談を取りまとめたことを認定する上で何ら妨げとはならないし、本件は被告人が自から法律事務を扱つたと認むべきである。よつてこの点の所論は理由がない。

なお、この件に関する被告人の報酬目的の点につき一言するに、関係証拠によれば、被告人は田林トメから本件を依頼されて間もなく同人の誘いでレストランで食事を共にした際交通費名目で金五、〇〇〇円を受領し、次に前記弁護士会館で覚書が作成された直後被告人が加藤篤に書き料を請求し、同人から少くとも金二、〇〇〇円を受取り、更にその当日帰途田林トメから被告人に対する謝礼の点を尋ねられるや被告人は「そうだな、二万円位あつたらいいんじやないか」と答えたため、田林は意外な高額の請求に驚き、知人等と相談した末結局謝礼金は金一万円にとどめることとし、これを数日後検察審査会事務局長室に持参し被告人に交付したことが認められ、被告人の右発言にみられる同人の報酬についての積極的な意思、受領した金額、特に債権元本との割合等を考慮すると被告人は本件法律事務の取扱いに関し報酬目的が存したことを優に認めることができる。

三、所論(三)について

被告人は、高阪きくから同人の夫倉次郎が山根竜三の犯した交通事故により死亡した件に関し、右山根に対する損害賠償請求の交渉について依頼を受け、数回に亘り同人と示談交渉するなどして法律事務を取り扱つたことは所論もこれを肯定するとろであり疑問の余地はないが、報酬目的を否定するので案ずるに、関係証拠によれば、右の件に関し被告人が高阪きくから受領した金員は二回に分けて合計金一〇万円であるが、同人は被告人に対し謝礼の点につき「人の話では一割見当という話があるがどうでしよう」と尋ねたところ被告人が「そういうこともあるわね」と答えたような事情もあつて、高阪きくは保険金を受領する毎にその一割を被告人に謝礼として交付したことが認められ、更に被告人は高阪きくに対する保険金のうち金八万一、五〇〇円を山根竜三に交付する趣旨で同人のため保管していたが、これを同人に交付した際内金二万円は被告人に対する謝礼の趣旨で右山根から差し出されるやこれを受領し、結局本件に関しては以上合計一二万円を取得しているものであつて、被告人の右言動から窺われる報酬に対する関心、受領した金額、受領の態様等に徴し、被告人に報酬目的があつたことは明白といわねばならない。所論は被告人が高阪きくから受領した金員(被告人の自認する金六万円)は高阪きくの養女の祝言の際全額返還するつもりであつたというが、実際に右祝言の際これが返還された形跡はない点からみて単なる弁解とみるほかはない。ただ差戻前の第一審の第八回公判調書中証人高阪きくの供述部分によれば、被告人の方から本件発覚後の昭和四一年一一月二〇日頃第三者を介し金六万円を高阪きく方へ持参返還しようとした事実が認められるが、この事実はむしろ被告人の報酬目的を肯定すべき事情であつて、これを否定する所論に副うものとは認め難く、この点の所論も理由がない。

四、所論(四)について

被告人が内海新市の土地買収問題に関与した点が法律事務を取り扱つたものに該当するか否かにつき考えてみるに、関係証拠によれば、内海新市の買受けた本件土地が高速道路の買収予定地とされたが、同人への所有権移転登記が未了であつたため、昭和四一年初頃同人は板津次郎と共に宮地かね子を訪ね、所有権移転登記に必要な押印を求めたところ、それ相当の金を出して貰わなければ応じられないとの返答を受け、又宮地幸は北海道に移住して容易に連絡がつかない有様であつたのでその解決策に窮した揚句法律的にも詳しい被告人にその解決を依頼しようと考え、同年二月頃内海新市は妻と共に被告人方を訪ね右の事情を説明し、本登記名義人や公団との交渉、買収価格の決定、必要な経費の清算等一切の関係を依頼し関係書類を預けたものであり、その後被告人は内海新市の代理人として本件土地買収に関し、日本道路公団春日井工事事務所三浦正用地課長と交渉を続け、買収価格につき公団の提示金額一平方米当り金二、八〇〇円(公団と地元地主らとで妥結した基準額)に同意し、公団側より交付された必要書類の所定欄に必要事項を記入、押印のうえこれを公団に提出し右土地につき正式に売買契約を締結し、又いわゆる判代についてもその頃右三浦課長から地元で決定した坪当り九〇〇円の申出を受けるやこれを承諾し、かくて右土地の買収代金は昭和四一年七月二九日から同年一〇月一四日迄の間前後四回に亘り合計金五二四万四、四〇〇円が支払われ、このうち右判代等を控除した金四六二万二、六五〇円を内海新市の代理人である被告人が受領したが、被告人は右判代の支払がなされる際宮地かね子、宮地幸に対し、本登記を承諾するにあたり判代を受領することで一切を解決し今後何らの請求もしない旨の約定書を差し出させているものであり、これらの被告人の行為に対し内海新市は一回目の代金の交付を受けた際謝礼として金一〇万円を祝儀袋に入れ表に「御礼」と記載し被告人方に持参してこれを渡したことが認められる。

以上の事実関係によれば、成程本件は結果的には土地の買収価格や判代については公団と地元地主ら間の交渉によつて決定されたもので被告人は公団又は宮地かね子らと具体的な折衝の必要性がなかつたことは事実であるが、元々は地主である内海新市と公団及び宮地かね子らとの間には利害が対立し、売買価格、判代等につき紛議が存したとみられるわけであつて、被告人は内海新市に代つて事実上右紛議の処理に関する各般の行為を遂行したと認むべきである。従つてこれが確定債権の単なる受領というような問題と同一視えないこと明らかであり、又、書類の機械的な取次ぎと解すべきではない。されば本件につき被告人は弁護士法にいう法律事務を取り扱つたものと認むべきであり、この点の所論は理由がない。なお報酬目的の点については、被告人は前認定の如く金一〇万円を受領したものであるが、所論によれば、これは被告人が日頃内海家、板津家の雑事を世話していたのでこれら被告人の好意に対する謝礼であると主張し、証人内海鈴子の当公判廷における供述、同人の検察官に対する供述調書によれば、被告人とは十年以上も前から付き合いがあり、特に昭和三八年頃内海家の家庭問題で被告人の世話になりその他にも世話にはなつたことがあるやに見受けられるが、かかる事実があるにせよ、右謝礼金はその交付の時期、金額、受領の態様等客観的事実に照し、本件の法律事務取扱に対する報酬性を有することは明らかというべく、被告人は当初から報酬目的が存したと推認すべきである。よつてこの点の所論も理由がない。

五、所論(五)について

本件の事実関係においていずれも被告人が当初から報酬目的を有していたことは上来説示の如く優にこれを認定しうるものであり、又このように認定することが正に社会通念にも適うものであつて、右の程度の謝礼金をもつて報酬であるとするのは社会通念に反するとする所論は到底是認しえない。

六、所論(六)について

弁護士法七二条にいわゆる「業とする」とは反覆継続の意思で同条所定の行為をなすことをいうものであつて、その認定に当つては当該法律事務を取り扱うに至つた動機行為の態様、回数、期間、依頼者との縁故関係、報酬の営利性等諸般の情況を考慮してこれを判定すべきであるが、これを本件についてみるに、関係証拠によれば、先ず本件法律事務を取り扱うに至つた動機は、(1)被告人は大正一五年旧制東海中学卒業と同時に裁判所に奉職し以来殆んど名古屋にて裁判所職員として勤務したが、昭和二七年一二月一〇日名古屋第一検察審査会事務局長を命ぜられたものであり、他方私生活上では、信仰(弘法大師)の道に深く入つていたものであるが、これは昭和二八年夏頃から眼病を患い、右眼は小さい頃失明しているところへ、更に左眼も失明寸前の状態になり、昭和二九年二月頃病院へ入院治療するに至り、その頃他から伝え聞いて中川区所在の密厳寺(高野山真言宗)へ参詣病気回復を祈念するようになり、その後段々に病気が快方に向い同年九月頃退院できたことが機縁となつていることが認められるが、その頃より前記水野秀順が住職をしている大師寺にもしばしば参詣するようになり同人と知り合い交際を深めるうち、高令の同人が一人で生活にも困つておりお寺も荒廃している有様をみて深く同情し、又心痛して、妻と共に何かと秀順の面倒をみるなどして日頃親密な交際をする一方お寺の庫裡の修理などにも骨を折つており、なお被告人は子供を秀順の跡取りにするとの申出をしていた様子すら窺われ、そのような秀順との特別な関係から同人のため本件の前記佐藤宗太郎の債権取立を企図したものであると認められ、(2)次に、本件田林トメから手形債権の取立依頼を受けた関係は、被告人は長らく検察審査会事務局長の職にあつたため当然多くの検察審査員等と接触をもつことになり、又検察審査会の健全育成を目的として広報活動等を行なう検審クラブ(後に協力会に合併)或いは検審協力会の関係でも多数の知人ができ、中には個人的に親しい関係も生じたが、田林トメもその一人であり、同人は昭和三六年頃検察審査員となり、任期終了後も検審クラブ会員となつていたものであつて、被告人に右事件の依頼をするに至つた動機につき田林トメは、六ヵ月間検察審査員をしている間被告人といろいろな世間話とか内輪のこととかそういうことを話し大変親切にして貰つたことがあり、すべてのことに親切にやつていただける方だから本件の如き金銭問題も頼めばやつていただけると思つて依頼したとの趣旨の供述をしており(差戻前の第一審の第五回公判調書中の証人田林トメの供述部分)そうだとすれば、知り合つたのは公的な関係からであるが、右事件を依頼したのはむしろ個人的な親交による信頼関係に基くものとみられ、被告人もかかる個人的親交を前提として右事件依頼を引受けるに至つたものと理解され、(3)更に本件高阪きくから交通事故による損害賠償請求の依頼を受けた関係は、被告人が前記の如く信仰に傾倒し、密厳寺の信者となつていたが、当時高阪きくも信者としてしばしば同寺に出入りしており、互いに信仰上の関係を通じて交際していたものであるところ、高阪きくは同女の兄が昭和三六年頃交通事故に遭遇した際にその示談交渉を被告人に依頼し解決をみたこともあつて、本件も被告人に縋るほかないと考え、昭和四一年二月一五日頃親戚の安井良逸ら三名を伴つて被告人の勤務先を訪ね本件の依頼をしたが、その際主に被告人に話をしたのは安井良逸であつたことが窺われるが(差戻前の第一審の第八回公判調書中高阪きく供述部分)、安井良逸は、右依頼した際の被告人の態度につき、当初被告人は右依頼を「えらいで」といつて引受けることを渋つていたが、結局「ほかのひとなら断るけれども、同じ弘法様の信者同士だ」といつて引受けてくれた旨供述しており(差戻前の第一審の第七回公判調書中の証人安井良逸の供述部分)右のような情況から判断すると、少くとも被告人としては当初は右の件に関与することに消極的であつたが、大勢から懇請されてこれを引受けたものと認められ、(4)最後に内海新市から土地買収問題についての依頼を受けた関係は、同人の義父(妻鈴子の父)板津次郎が被告人と古くから懇意にしていたことが機縁となつて前掲四に説示した如く日頃心易く付き合い中元、歳暮等もやりとりしていた様子が見受けられ、そのようなところから本件を依頼され、被告人においてこれを引受けたものと認められ、右の各動機にはそれぞれ考慮すべき事情が存すること、次に行為の態様、回数、期間については、本件は業務性の点を除き原判示認定のとおりの事実が認定されるものであつて、昭和三八年一一月から昭和四一年一〇月までの約三年間に四回を数えるものであるが、未だその行為の外形的事実からみて継続性、反覆性があるものと認めるには充分とはいい難く、更に縁故関係については、被告人と依頼者又は実質的受益者らとの間には血縁、親戚等の関係は認められないものの、前認定のとおり、いずれも従前から個人的面識があり親しい間柄にあつた知人とみられ、特に水野秀順、内海新市については緊密な交際関係にあつたことが充分推認されるものである。なお報酬の点については、先に認定した如く被告人がこれを受領して利得しており受任当初よりこれを期待していたもので報酬目的があつたことを否定しえないが、右依頼者らとの関係、その回数等にかんがみると、それ自体で直ちに営利性があると即断するにはいささか躊躇せざるをえない。

而して、被告人は本件において客観的には四回に亘り法律事務を取り扱つているものの、不特定多数の者を対象として行なつたような場合と事情を異にし、依頼者又は実質的受益者らとの間においてはいずれも特別な人間関係、個々的な特殊な事情があつて、被告人としてはたまたまこれらを各引受けたものと認めるのが相当であり、そうだとすれば、その間に継続性、反覆性の意図があつたものとは断定できず、又この限りにおいては、社会生活上当然の相互扶助的協力の範囲を逸脱しているものと評価することはできないというべきである。

よつて右事情からは被告人の本件業務性の認定をすることができず、一件記録によるも他に業務性を認定するに足る証拠は存しない(なお、本件事実以外の他の同種事実を本件証拠により確定し、これを本件業務性認定の資料とすることは、これが確定前科である場合を除き明らかに不当である。)。

然らば、本件法律事務の取り扱いは結局被告人が業としてこれを行なつたものと確定することはできない。この点において論旨は理由がある。

七、結論

以上説示の如く本件は被告人が弁護士でもないのに他人の事件に関し法律事務を取り扱い私利をはかつたことは優に認定しうるけれども、反覆継続の意思は認めることができず、弁護士法七二条一項本文の「業とする」との構成要件についての証明を欠くものといわねばならない。

さりながら、最後に附言するに、被告人は長年裁判所に勤務した職員であつて、しかも名古屋第一検察審査会事務局長の地位にありながら、本件の如き事件に関与し、私利を計り、しかも右依頼者らと職場や附近レストラン等の場所で会合し、打合わせなど行ない或いは自から依頼者を同道して弁護士に面会を求めていたような様子が窺われ、更に関係者に肩書を附した名刺を乱発し、その地位を利用して依頼された関係案件の処理をなしていたとすらみられないではなく、かかる行為は公私混同も甚しく誠に不謹慎との誹りを免れえないことは勿論裁判所職員としての品位、体面をけがし、ひいては厳正な司直の府であるべき裁判所に対する信用、威信をそこなうものであるといわねばならず、このような意味において本件が弁護士法違反にはならないとはいえ、被告人に対し厳しくその反省を求めざるをえない。

結局、原判決は被告人の本件行為に業務性が認められるとした点において事実を誤認したものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかというべきである。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所は被告事件につき更に判決する。本件公訴事実については上来説示の理由により犯罪の証明がないものというべきであるから同法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

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